東京地方裁判所 昭和24年(ワ)4276号 判決
原告 前田邦夫
被告 永山清太郎
一、主 文
被告は原告に対して、東京都世田谷区羽根木町千六百八十七番地ノ二所在、家屋番号同町六十五番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十一坪五合を明け渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は、昭和二十二年三月一日主文第一項掲記の家屋を前主訴外清野敬一から買い受け、昭和二十四年三月十七日その登記手続をも了して現にその所有者であるが、被告は何等の権限を有しないのにかかわらず、右家屋を占拠しているので、原告は所有権にもとづき、被告に対してその明け渡しを求めるため本訴に及んだと述べ、
被告の抗弁に対し、訴外永山清松が本件家屋を期限の定めなく賃借し、その後福岡に轉勤赴任したこと、訴外永山清治が外地から引き揚げ、前示清松方に來住したこと、同清治一家が昭和二十四年一月本件家屋から引き移つたことは認める。永山いさみ、同清松、同やいと被告との身分関係、前示賃借契約が昭和十一、二年に始り、その賃料が月十二円の定めであつたこと、被告が妻子五名とともに昭和二十一年十月満洲から病院船で引き揚げ直ちに本件家屋に入つたことは不知その余の事実は否認する。尤も、被告の主張する金員を被告から訴外清野敬一が受領したとするもそれは同人が原告のため本件家屋不法占拠の損害金として受領したものであり、又仮に賃料であつたとするもそれは前示清治が誠意をもつて本件家屋の明け渡しを考えていたので、同人の居住中これを受領しただけでその後被告から受領したことはない。と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中、原告が訴外清野敬一からその主張の日時に本件家屋を買い受け、その所有権移轉登記を了し、現にその所有者であること並びに被告が本件家屋に居住することは認める。その他の事実は否認する。抗弁として、
本件家屋は被告の母永山いさみが昭和十一、二年頃前記清野から被告の末弟永山清松名義をもつて賃料月十二円期限の定めなく借り受け、それ以來右いさみや清松等が居住していたものである。その後、右清松は昭和二十一年始め、福岡に轉勤となり同人及びその妻並びに右いさみも相次いで本件家屋を去るに至つた。しかし、これと前後して被告の次弟永山清治が上海から引き揚げて本件家屋に起居し、次いで、被告もまた妻子五人とともに昭和二十一年十月満洲から引き揚げ直ちに本件家屋に住み、右清治一家の轉出後はこれを独占して現在に至つているものである。
しかして、前示清松が昭和二十一年の始め福岡に轉勤するに当つては、当時すでに被告等一家の引き揚げとその住宅のないことが予想されていたので前記清松や母いさみは本件家屋をこれがために確保することを考えた。よつて、被告が昭和二十一年十月引き揚げて本件家屋に入つた時居合せた右清治は直ちに家主清野敬一方に赴き被告等の引き揚げの模様を話し、被告が本件家屋に居住し配給受領の籍を置く手続のため必要な捺印を受け、次いで、七日後に被告の妻永山やいが右清野方に出向き本件家屋に居住したいと述べ清野敬一の承諾を得てここに被告が前示永山清松から讓り受けた同人名義の本件賃借権の讓り受けについて家主の承諾をうけその後昭和二十二年三月まで約五ケ月の間毎月右やいが賃料を持參し、その間清野敬一は何等の異議をととめずこれを受領したものである。したがつて、右清野から本件家屋を買い受け、その賃貸人である地位をうけついだ原告に対し、被告は正当に本件家屋を占有するものである。
仮に右承諾がなかつたとするも、被告が昭和二十二年十二月から家賃の供託を始めたところ、原告は翌年六月本件家屋に來て被告に対し本件家屋の明け渡しを求めないから家賃を月二百円に増額したいと申し出で被告もこれを承認し、ここに原告は被告の占拠を承認し、新にその條件による賃借権を設定したもので、右は原告がその後自己使用につき正当事由ある旨の解約申入を爲したことからも明かである。と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十二年三月一日主文第一項掲記の家屋を前主訴外清野敬一から買い受け、昭和二十四年三月十七日その登記手続を了し現にその所有者であること、被告が前示本件家屋に居住することは当事者間に爭がない。
しかして、被告は右は正当な権限に基いて占有するものであると抗弁するから考察する。まづ訴外永山清松が本件家屋を賃料月三十円期限の定めなく賃借居住し、その後福岡に轉勤赴任したこと、訴外永山清治が外地から引き揚げ本件家屋に來住し家族とともに昭和二十四年一月まで居住したことは当事者間に爭がない。又証人永山清治、永山清松、永山やい、永山よしのの各証言を綜合すると、本件家屋についての前示賃貸借は昭和十一年頃訴外永山清松と同清野敬一間に締結せられ、賃料月十一、二円で、期限の定めない約定で清松、よしの(昭和十五年婚姻の時から)及び母いさみ等が居住していたが、昭和二十一年の始め右清松が福岡に轉任となり同年二月單身赴任し、次いで妻よしの等妻子も同年五月同地に引き移り母いさみもその頃本件家屋を離れるに至つた。しかして、当時右清松は次兄の清治や長兄の被告一家が外地から同人を頼つて引き揚げてくることを予想し、右赴任に際し、本件家屋を家主に明け渡さず実兄のためこれを確保せんとしていたが前認定の清治一家が昭和二十一年四月本件家屋に來住したので、前記よしのは直ちに清治を伴い清野敬一を訪れ本件家屋に清治が起居することを傳え、その際何等の異議をうけず、かつ同人の配給品受領等のための轉入手続に必要な家主の捺印を得て清治は右清松一家の引越後も引き続きここに居住するに至り漸く前示の通り昭和二十四年一月都営住宅に引き移つた。その間被告一家は昭和二十一年十月末病院船で引き揚げ、右清治の居た本件家屋に辿りつき、右清治は直ちに清野敬一方に赴いて被告等の惨めな引揚の模様を語り被告一家が本件家屋で前同様の轉入手続をするために必要な清野の捺印を得、次いで約一週間後被告の妻やいが清野方に出向き引揚の辛惨を語るとともに前示清治一家と同居する旨を述べ、清野から何等の異議をうけずその後も同女において賃料を持参することがあつたことを認めることができる。他方証人清野敬一の証言から眞正に成立したと認められる乙第一号証証人清野敬一、清野宮子の証言を綜合すると前示清野敬一は当初は家主として、又本件家屋を原告に讓渡した後は原告に代つてその管理に当つていたが、前示清松一家の退去後清治一家が占拠し次いで前示被告の一家が右清治一家と同居するに至つたが早晩明け渡し返還されるものと考え当時住居に困つていた友人の原告に本件家屋を賣り渡すに至つたもので、その間原告は自ら或は右清野敬一を通じて被告及び清治にその明け渡しを求め、昭和二十二年十二月には前示清松移轉後も引き続き支拂われていた家賃の受領を拒み、昭和二十三年六月には原告は自ら被告方に赴いて居合せた清治の妻と被告に対し家賃の増額を交渉し、翌月分から月二百円と協定して昭和二十四年一月前記清治一家の移轉までこれを受領し、その後被告からの賃料の受領を拒否してその明け渡しを求めている事実を認めることができる。
右認定の事実を併せ考えるとまづ右清治一家に対しては、家主がその清松家族との同居につき或は清松一家移轉後のその継続使用に対し直ちに異議をいれず、かつ引き続き家賃を受領していたことから右清治が右清松一家の移轉後当初は同人におけると同じ條件で、後家賃月二百円として本件家屋を賃借することについて家主の承認を得たものと推定するを相当とする。次に被告が右清治と同居し後本件家屋を全部占拠するに至つた関係は必ずしも右清治の場合と軌を一にするものとは云えない。被告が本件家屋に落ちつくに際し、まづ前記轉入について家主の同意を得又被告の妻が前記清野方に赴いて挨拶をなし、その際何等の異議に接していないことは、当裁判所にとつて顕著な当時の引揚者に対する世人の関心や人情からおして右は家主の徳義的な好意に専ら基くもので、法律的効果としては被告及びその家族に本件家屋を今後の生活の本拠として継続して使用することを許容したものでなく、すでに賃借中の清治の家族又はそれに準ずる人達として使用を許諾したもの以上に出ないものと解するを相当とし、被告一家が本件家屋に新な賃借人として居住することを承諾したものと認めることはできない。その他被告の妻が度々家賃を清野方に持参している事実についてもこれをもつて直ちに家主が被告の賃借人たる地位を承認したものと解しがたいことは前認定の事実に照らし明かである。
さらに被告は前示原告の賃料値上の事実をもつて原告が被告に対しその賃借人たる地位を承諾したものであると主張するが、前認定の通り当時の賃借人は永山清治であるからこれによつて被告に対しても、その賃借権を認めたものと解することができない。又成立に爭のない甲第二号証の一、二乙第二号証の一、二から原告が被告に対し、昭和二十四年三月二十七日自己使用の必要を述べて本件家屋の明け渡しを求め、次いで昭和二十四年九月二十八日頃右による解約効果発生後の継続使用について異議を申入れた事実を認めることができるが、前認定の諸事実を併せ考えると右申入が被告の賃借権の承認を前提とするものとは認めがたく他に被告主張の承諾の事実を認めるに足る証拠はない。
よつて被告の抗弁は何れもこれを認めがたく、原告の所有権に基く本件家屋の明け渡しはまことに正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用し仮執行の宣言はこれをなさざるものとして主文の通り判決する。
(裁判官 西岡悌次)